人的資本経営とは?注目されている理由や労働組合の役割・課題

人的資本経営とは、人材を資本として捉えることで中長期的な企業価値向上を目指す経営手法です。労働組合が人的資本経営に関われば、労働者の視点から企業価値の向上に貢献できます。人的資本経営時代における労働組合の役割と課題を見ていきましょう。
人的資本経営の基礎知識
そもそも人的資本経営とはどのようなものなのでしょうか。注目されている理由やメリットなど、まずは人的資本経営の基本を押さえておきましょう。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、人材をコストではなく資本と捉え、能力やスキルを最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上を目指す経営手法です。人的資本はスキル・知識・資格など価値を生み出せるものを指します。
従来の経営では人材をコストとして扱う傾向がありましたが、人的資本経営では人材への投資を積極的に行い、組織全体のパフォーマンス向上を目指します。
人的資本経営では経営戦略と人材戦略を連動させ、事業目標の達成に必要な人材への投資を積極的に進めていくことが重要です。また、人的資本に関する情報を積極的に開示し、ステークホルダーからの信頼獲得も目指します。
人的資本経営が注目されている理由
先行き不透明で変化の激しいVUCA時代においては、変化に柔軟に対応できる人材の重要性が高まっています。また、AIやIoTなどの技術革新によりビジネス環境が大きく変化し、企業が新たな価値を創造する必要に迫られていることもポイントです。
人的資本経営が注目されている理由としては、少子高齢化による労働力不足も挙げられます。労働人口の減少が進む中、既存の人材を最大限に活用する必要性が高まっているのです。
企業としての価値を高めるための意味があることも押さえておきましょう。投資家は企業の財務情報だけでなく、人的資本などの無形資産も評価するようになり、一定の条件を満たす企業は人的資本に関する情報開示を求められるようになっています。
近年は環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)を重視するESG投資が拡大しており、人的資本経営は「社会」に関する取り組みとして評価されます。
人的資本経営のメリット
企業が従業員のスキルアップや成長に投資することで、企業風土が向上し、求職者にとって魅力的な企業イメージを構築できます。市場や投資家から認知されやすくなり、企業の将来性を示す指標として評価が高まることもメリットの一つです。
また、人的資本経営による従業員のスキルアップや成長は、業務の生産性向上にも直結します。従業員が成長できる機会やキャリア形成の機会を増やすことで、モチベーション維持向上や長期的な就労意欲の高まりにつながり、従業員エンゲージメントも向上するでしょう。
さらに、人的資本経営は経済的価値には直結しないが、長期的に企業価値に影響を与える取り組みを重視するため、企業のサステナビリティを後押しすることもできます。
人的資本経営と労働組合の関係
人的資本経営と労働組合は、より良い職場環境の構築や従業員の成長、企業の発展を目指すという部分で共通しています。具体的にどのような関係性があるのかを理解しましょう。
労働慣行分野での情報開示
人的資本経営では、人的資本に関する情報を社外に公開する人的資本開示が必要です。国も人的資本の公開を推進しており、一定の条件を満たした上場企業には人的資本開示が法律で義務となっています。
人的資本開示で公開を推奨されている7分野19項目は次の通りです。人的資本経営における企業と労働組合との関係は、労働慣行に関する項目として位置付けられています。
- 人材育成:リーダーシップ、育成、スキル・経験
- エンゲージメント:従業員エンゲージメント
- 流動性:採用、維持、サクセッション
- ダイバーシティ:ダイバーシティ、非差別、育児休業
- 健康・安全:精神的健康、身体的健康、安全
- 労働慣行:労働慣行、児童労働・強制労働、賃金の公平性、福利厚生、組合との関係
- コンプライアンス・倫理:コンプライアンス・倫理
人的資本開示では、社外に公開する情報と自社の事業戦略を連動させる必要があります。また、取り組みの根拠を示すことで、ストーリー性がある納得感の高い情報開示が可能です。
出典:人的資本可視化指針
主な企業の開示例
あすか製薬ホールディングス株式会社では、労働組合との職場意見交換会を定期的に実施し、労働環境や働き方について対話による協議・検討を図っていることを開示しています。
また日本ガイシ株式会社でも、「結社の自由」「団体交渉権の保護」「労使間のコミュニケーション」「業務上の異動に関する通知」という項目を設けて、労働組合との関係を細かく公開しています。
出典:労働慣行|社会|サステナビリティ|あすか製薬ホールディングス株式会社
出典:労働慣行 | 社会 | 日本ガイシ株式会社
労働慣行の情報開示の現状
これまで、有価証券報告書では労働組合の結成状況や労使関係の良さなどがそれなりに記述されていました。しかし、具体的に開示していない企業も多く、有益な情報は得られにくいと考えられます。
また、人的資本開示においても、労働慣行の情報開示がほとんどなされていないのが実情です。人的資本経営の定義を考慮すれば、多くの企業で労働慣行の情報開示がもっと進むべきであるといえるでしょう。
人的資本経営時代における労働組合の役割と課題
人的資本経営を推進する企業では、労働組合がその存在価値を高めることが可能です。人的資本経営時代における労働組合の役割や、存在感を示すために意識すべきことを解説します。
人的資本経営の進展は組合の存在意義を示す絶好の機会
企業が人的資本経営を推進し、人材の価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値の向上につなげようとするなら、労働組合もその取り組みに対して積極的に関わることで大きな存在感を示せます。
人的資本経営で労働組合に求められる役割は、従業員が企業に対して直接言いにくい意見を集約することです。経営側が欲している従業員の本音を組合としてまとめ、労使間のさまざまな協議に生かすことで、企業にとって組合は無視できない存在となるでしょう。
幅広い組合員の結集が労使協議の大前提
人的資本経営において労働組合の存在感を強めるためには、幅広い組合員を結集させ、組織の規模拡大を目指す必要があります。組合員の数は交渉力の源泉であり、仲間が多いほど発言力も高まるのです。
近年は経営陣と従業員の直接対話を重視する企業が増えており、労働組合を通さずに従業員の本音を引き出す取り組みが進んでいます。企業側に労働組合の役割を奪われないよう、勧誘活動を積極的に行うことが大切です。
労働組合として組織や活動を見直すことが重要
仲間が増えていく魅力的な組織にするためには、労働組合として組織や活動を見直す必要があります。オンラインツールの活用など、まずは情報発信のやり方を変えましょう。
労働組合に関心がない人は、組合側で資料を用意しても自分から見に行こうとはしません。相手の自発的な行動を待つのではなく、組合側から積極的に働きかけることが重要です。
また、未加入者の中には労働組合のことを全く知らない人もいます。過去の実績や組合員へのインタビューなどを公開し、労働組合に加入するメリットもアピールしましょう。
人的資本経営と労働組合の関係を理解しよう
人的資本経営とは、従業員の知識・スキル・経験などを企業の資本として認識し、能力開発やエンゲージメント向上を通じて持続的な企業成長と競争力強化を目指すことです。
労働組合が人的資本経営に積極的に関わることで、組織としての存在感をアピールできます。人的資本経営と労働組合の関係を理解し、必要な取り組みを進めていきましょう。