【特別号】第2弾:組織率16.1%の先にある未来 〜“多様な参加”を実現するために労働組合がすべきこと〜

中村様の自己紹介
『働くの未来』『これからの労使関係』『労働市場の高度化』をテーマに調査・研究・提言を行う。
1999年リクルート入社、2009年リクルートワークス研究所に異動。「2025年」「Work Model 2030」「マルチリレーション社会」など、働き方の長期展望を発表。「人材採用システムの研究」で2016年一橋大学にて博士号取得。日雇い派遣の研究で2012年日本労務学会研究奨励賞、トータルリワードの提案で2020年全能連マネジメント・アワードのプログラム・イノベーター・オブ・ザ・イヤーを受賞。2021年10月、連合総研に転職。専門は人的資源管理論。修士(数理科学)、博士(商学)。
男性正社員だけだとズレる
労働組合の組織率は年々低下し、直近は16.1%です。組織率という数だけでなく、労働組合に対する理解や関心といった質の面でも、労働組合が退潮しているなかで、労働組合の未来を考えていきたい。そのためには、「労働者の労働組合への参加」と「組合員の組合執行部への参加」の2つを増やす必要があります。連合総研「勤労者短観」の2003年と2022年の調査結果の比較からも、性別や雇用形態の多様化への対応が重要なことは明らかでした。というのも、「勤務先の労働組合に活動で重視して欲しい点」という質問では、2003年から2022年にかけて、20以上ある選択肢の内、ほとんどの項目で選択率が下がっているんですね。つまり、労働組合への期待が全体として希薄化しています。
ところが、そんななかで選択率が上昇している項目は3つだけありました。「わからない」「特にない」「セクシャルハラスメント、パワーハラスメントの防止」です。「わからない」「特にない」は労働組合への期待の希薄化を示しているので、実質的に、この20年間に労働組合への期待が高くなったのはハラスメントの防止だけということができます。
そこで2022年の結果を、性別と雇用形態でわけて集計したのが下のグラフです。3つのことがわかります。第一に、2003年から2022年にかけて増加した「セクシャルハラスメント、パワーハラスメントの防止」の選択率は属性によってかなり違うということです。選択率が高い順に、「女性正社員以外」「女性正社員」「男性正社員以外」「男性正社員」となっていて、「女性正社員以外」と「男性正社員」では選択率がほぼ倍違います。つまり、男性正社員がハラスメント防止に熱心に取り組んでいると思っていても、実際はその2倍くらい活動しないと、女性正社員以外の組合員からみたら不十分ということがありえるんです。
第二に、労働組合の本丸である賃金関連の項目は軒並み、「男性正社員」よりも「女性正社員」の選択率が高いということです。男女間賃金格差の解消に向けては、女性の管理職登用の推進や有価証券報告書での情報開示が行われるようになってきていますが、道半ばです。現状を確認し、経営側の是正措置をチェックし、協議する場に、当事者である女性組合員が参加するようにしていく必要があります。
第三に、他にも性別や雇用形態によって選択傾向が異なるところがかなりあります。そのため、やはり、労働組合は性別や雇用形態によらない職場の労働者を代表するような人員構成を目指した方がよいということです。「労働組合の未来」研究会報告書では、石川茉莉連合総研研究員がフランスの組合役員に関するジェンダー平等の制度を紹介したうえで、日本の労働組合の役員に関しても、性別に関するクオータ制、つまり組合員の割合に応じた役員の構成にすることを提唱しています。
労働者、使用者、組合の「三すくみ」
「働く人の4割が『非正規雇用』で働いているのに、労働組合は正社員組合になっている。正社員以外の雇用形態で働く人も組織化して、彼らの待遇改善に積極的に取り組むべきだ」というのは、労働組合に対する最も大きな批判と期待のひとつです。もちろん、この課題にいち早く積極的に取り組んできた労働組合もあり、組織率全体が16.1%まで低下しているなかで、パートタイム労働者の組織率は右肩上がりで上昇して、8.8%まで上がっています(厚生労働省「令和6年労働組合基礎調査」)。TUNAG for UNIONの導入理由でも、雇用形態や働き方の違う組合員とのコミュニケーション強化を掲げる組合が結構ありますよね。
しかし、いまも正社員以外の労働者の加入を認めていない労働組合がかなりあります。厚生労働省「令和5年労働組合活動等に関する実態調査」によれば、労働組合の割合は、パートタイム労働者については、「事業所にいて加入資格がある」24.7%、「事業所にいるが加入資格がない」35.6%、「事業所にいない」39.2%、有期雇用労働者については、「事業所にいて加入資格がある」23.8%、「事業所にいるが加入資格がない」31.3%、「事業所にいない」44.0%です。つまり、パートタイム労働者も有期雇用労働者も、加入を認めていない労働組合のほうが、加入を認めている労働組合よりもまだまだ多いのです。
「労働組合の未来」研究会の一環で、労働組合がどんな理念を掲げているのか、規約や綱領の内容を分析しました。その結果、労働組合が共通して目指している理想は「経済的地位・社会的地位の向上」と「民主主義」だということがわかりました。不利な立場にある者が連帯して、その地位や労働条件を高めていくというのが労働組合の本来のあり方です。なので、労働条件の低い人たちの組織化の遅れは、労働組合の自己矛盾になっている面があります。
どうして不利な立場にある人たちの組織化がなかなか進まないのか。理由は大きく3つあります。第一に、労働組合にとって、正社員以外の労働者の待遇引き上げが正社員の待遇悪化を招く、いわゆる「労労対立」を乗り越えるのが難しいからです。なので、労働組合のなかで正社員以外の労働者のための活動をしようとはなりにくいですし、彼らが入りたいといってきても拒んでいる労働組合も中にはあります。
第二に、労働組合側が正社員以外の労働者もユニオン・ショップ協定の対象に含めたくても、使用者側から反対され、組織化を徹底できないからです。経営の柔軟性を正社員以外の雇用形態で担保している使用者からすると、すべての従業員が労働組合に入っていると調整コストが高くなるので避けたいのです。ユニオン・ショップ協定を結んでいる労働組合が7割近くあるので(厚生労働省「令和5年労働組合活動等に関する実態調査」)、この影響も無視できません。
さらに第三に、有期雇用などで働く労働者は不満があっても、職場で「声」をあげるよりも、他の会社に移ることで事態を改善しようとするからです。つまり、労働者自身が労働組合を必要としていないんですね。背景には、雇用契約期間や勤続年数の短さに加えて、そもそも、低賃金で働くなかで組合費を捻出したり、もともと時間的制約があるから正社員以外の雇用形態を選んでいるのに、そこからさらに組合活動に時間をさけないことがあります。
このように、労働組合、使用者、有期雇用などで働く労働者のいずれの側にも、組合加入を阻む要因があります。この三すくみ構造を前提にすると、「労働組合は『非正規雇用』労働者を積極的に組織化すべきだ」という掛け声だけではその実現が容易ではないことがわかります。
時間的・金銭的負担の突破口
労働組合における雇用形態の多様化への対応は、強い批判と期待がありながら、徐々にしか進んでこなかったことを勘案すると、容易に解決できない構造的な問題だととらえるべきです。多様な労働者の組織化を阻む三すくみ構造があるので、組織化すべきだという「思い」だけで前に進めるのは難しく、構造そのものを変える必要があります。
では、どうやって構造を変えるのか。「労働組合の未来」研究会では、新谷信幸連合総研参与が使用者から労働組合への「消極的経費援助」という提案をしているんですね。これが突破口になると考えています。消極的経費援助とは、労働者代表機能を果たす過半数労働組合に対して、賃金控除せずに一定の組合活動時間を認めるというものです。ちょっと専門的な話になるので補足します。労働組合の活動は組合員から集めた組合費をもとに就業時間外に行いますよね。つまり、組合活動は、労働者の金銭的・時間的な負担を前提としています。
では逆に、使用者が組合活動中の従業員(組合員)に賃金を支払うとどうなりますか。労使協議や団体交渉の時間などを除き、それは経営側から労働組合への支配介入になるので、労働組合法で不当労働行為として禁止されている、というのが、労働組合、使用者、そして行政の、戦後一貫した労働組合法の理解です。そのため、労使協定の締結などに向けた準備も、労働組合は就業時間外に行うというのが原則となってきました。
ところが、です。実は海外には、例えばフランスや韓国には、労働組合に対する活動時間や財源を支援する仕組みがあります。2022年に労使関係の国際学会に参加したら、フランスやデンマークの労働組合は組合費以外の財源も重要な活動基盤になっているとの報告があって、なるほどと思いました。また、日本でも労働組合や使用者、行政の理解とは異なり、労働法の先生たちは「形式的には不当労働行為に見えても、実質的に組合の自主性を阻害しないものはこれに該当しない」という見解が多いんです。いわゆる学説というものです。したがって、すべての組合活動は労働者の金銭的・時間的負担のもとで行わなければならない、という大前提は絶対ではないんです。
今日、労働組合が行っていること
いやいや、労働組合の自主性や独立性を守るためには、使用者からの不当労働行為を防がなければならない、という懸念も浮かぶかもしれません。もちろん、労働組合の自主性や独立性が大切なのは今後も変わりません。ただし、憲法が認めている団結権や争議権は、労使の対立を前提にしていて、労働者が一方的に不利益を被らないようにするものです。経営側が資本にものをいわせて、労働組合を懐柔し、従属させるのを防ぐものです。
あらためて今、労働組合が行っている活動をみてほしいのです。ストライキに至るような深刻な労使対立はごく一部で、労働組合の多くは、使用者に対して一定の緊張関係や対立はありながらも、安定した、もっといえば、協調的な労使関係を築いています。しかも、働き方改革やさまざまな法改正にともない、就業規則や人事制度の見直しや労使協定の締結など、労使間ですりあわせることにリソースを割くようになっています。これらの活動は、労働者が自分たちでお金を払って、就業時間の外側で行うべき内容なんでしょうか。人事制度や就業規則を整備しないと最終的に困るのは経営側であって、労使双方にとって発展的な着地が求められる活動です。
しかも現在、労働者(従業員)代表制に関する検討が進んでいます。組織率の低下により、集団的労使関係の傘から外れる労働者が8割以上となっているため、労働法制における過半数代表制の検討が行われているのです。事業場に過半数組合が存在しない場合の過半数代表者を個人が担う現行の仕組みには問題が多く、集団的労使関係を有効に機能させるためには、組織的・継続的な対応が可能な労働組合を積極的に位置づける必要があります。
消極的経費援助はすべての組合活動に対する経費援助ではありません。あくまで、過半数代表者としての組合活動について有給での活動を可能にするものです。今日の内実に合わせて不当労働行為の境界線を見直すことには、一定の妥当性と合理性があるはずです。
「消極的経費援助」という提案
先ほど、消極的経費援助が労働組合への参加を増やすための突破口になるといったのは、この仕組みが、雇用形態や性別にかかわらず、組合活動に参加するのにも有効だからです。なぜなら、有期雇用やパートタイムで働く労働者にとって、時間的制約や金銭的負担が組合活動への参加を難しくしています。就業時間中に金銭的負担がなく、働き方や待遇を見直す活動に従事できるのであれば、やってみたいという人は増えると思うのです。
それは女性も同様です。ずいぶん変わってきたとはいえ、まだまだ女性のほうが男性よりも仕事と家庭の両立の負担が重たい現実があります。そこに組合活動という第3の活動を入れるのはとてもハードルが高いのです。ですが、就業時間中に取り組めるのであれば、やりたい、できるという人は増えるはずです。
さらに、労働組合を機能させるためにも有効です。組合役員はもともと時間的負担が重いうえ、最近は職場の人手不足により、時間的ゆとりがますます失われています。正社員以外の雇用形態の拡大により、ひとりあたりの組合費が減っているため、専従役員も減っています。なので、ストライキのように労働組合が独自で取り組むべき活動は別として、本来、経営活動の一環にある取り組みへの協力に関しては、その活動に見合った位置づけに再定義するべきだと思うのです。
最近は会社側も副業やボランティアなど、いわゆる「越境学習」により、従業員に社外での活動によるライフキャリアの充実や視野の拡大を推奨する動きが広がっています。組合活動は企業内越境学習ともいえるものなので、その意味でも意義があります。労働組合の皆さんにこのアイデアを話すと、最初はびっくりされて、時には「そんなのはありえない」と言われることがあるのですが、海外の制度なども含めてご説明すると、なるほどと言っていただけます。
「労働組合の未来」研究会でも座長の玄田有史東京大学教授が、労使関係に精通された仁田道夫東京大学名誉教授、佐藤博樹東京大学名誉教授、中村圭介東京大学名誉教授、山川隆一明治大学教授を招いて座談会を開いてくださって、そのなかでも消極的経費援助については肯定的に評価されています。
実現に向けた3つのプロセス
消極的経緯援助を実現するには3つの山の上り方があると考えています。
第一は、法律によらず、個別企業の労使関係のなかで、例えば、労働協約によって対応する方法です。今も一部に労使協議の準備なども有給で活動できるようにしているところがあります。例えば、使用者が労働組合全体に対して年間十数時間の有給活動を認めていたり、特定の曜日の何時以降を組合活動にあてられる有給休暇を設けていたりといった形です。
しかし、こうした労使関係はごく一部で、しかも、認められている有給の活動時間が少ないのが実態です。よって、人事制度の見直しや働き方の整備にともなう労働者側の意見集約や方針案の検討、使用者側とのすりあわせに向けた準備活動について、有給のなかで活動できるような取り決めを広げていくのが理想です。
第二は、労働組合法の解釈や運用を見直すことです。先ほども言ったように、消極的経費援助については、学者による労働組合法の解釈と、労働組合や使用者、行政といった現場の解釈にズレがあり、労使や行政が学説以上に厳しい運用を自ら課しています。とくに行政解釈が戦後変わっておらず、そのことが、労使が厳格な運用をする一因になっています。厚生労働省のモデル就業規則を見直すことで、副業のしやすさが大きく改善されたように、消極的経費援助に関しても政府のしかるべき場で確認して、推進していくというのが効果的だと考えています。
第三は、さらにふみこんで労働組合法の規定を改正することです。消極的経費援助に限らず、労働組合の退潮とそれによる集団的労使関係の機能不全については広く認識されているにもかかわらず、これまで労働組合法の改正が議論されてこなかったのは、法整備の検討プロセスと密接に関わっているからだと感じています。というのも、労働法の改正は、三者構成原則という労働者の代表、経営側の代表、学者などの公益委員による審議と国会で議論を経て決定されます。労働者の代表は労働組合であり、経営側の代表は経済団体なので、この審議の段階で労働側と経営側の利害調整が発生することに加えて、国会でも与党と野党が賛否をめぐって論戦を繰り広げます。
経営側を支持母体とする政党(自民党)が与党である期間が長いため、労働組合を母体とする野党側の意向は通りにくく、とくに野党に資する法案はつぶされたり、与党に利するように途中で修正されたりする可能性が高かったという現実があります。そのため、労働組合を積極的に位置づけるための法改正を検討の俎上にあげるという方針そのものが生まれなかったのだと思っています。けれど、いまや集団的労使関係の機能不全は明白で、それを整備するには労働組合を効果的に位置づけることが不可欠になっています。とくに多様な労働者を包摂し、健全な集団的労使関係を維持することは、社会全体にとって極めて重要です。
企業が利益を出すことは重要ですが、利益を求めて賃金や人への投資を過度に抑制すれば、外部不経済があまりに大きくなり、生活に困窮し、将来に見通しをもてず、少子化が加速するという悪循環に陥ることが明らかになっています。そういう大局的な視座から、労働組合に関する法整備は行う必要があるとわたし自身は考えています。
〜中村様、第2弾ありがとうございました!最後の第3弾もお待ちください!〜