組合員に労働組合の存在意義を感じてもらうためには?
労働組合の存在意義とは
労働組合の存在意義をわかりやすく言うと、より良い職場環境の実現です。
働く人が「給料を上げてほしい」「長時間労働をなくしてほしい」と思っていても、それを一人で会社と交渉するのは難しいと感じることでしょう。働く人には適切な賃金や環境で働く権利があり、この権利を個人ではなく組織で守ろうとするのが労働組合の役割です。
労働組合は、日本国憲法第28条に基づく労働基本権(労働三権)の保障によって設立された団体です。労働基本権の保障の意義について、三井美唄労組事件(最高裁判所43.12.4判決)では以下のように判示しています。
労働者がその労働条件を適正に維持し改善しようとしても、個々にその使用者たる企業者に対立していたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒され、対等の立場においてその利益を主張し、これを貫徹することは困難である。そこで、労働者は、多数団結して労働組合等を結成し、その団結の力を利用して必要かつ妥当な団体行動をすることによつて、適正な労働条件の維持改善を図つていく必要がある。憲法二八条は、 この趣旨において、企業者対労働者、すなわち、使用者対被使用者という関係に立 つ者の間において、経済上の弱者である労働者のために、団結権、団体交渉権および団体行動権(いわゆる労働基本権)を保障したものである。
出典:最高裁判所判例集
要するに、労働者は個々では企業者の経済力に対抗できないため、労働組合を結成し団結することで適正な労働条件の維持・改善を図る必要があり、憲法28条はこのために労働者の団結権、団体交渉権、団体行動権を保障しています。
労働組合をめぐる現状と課題
労働組合をめぐる今日の課題について紹介します。
組合組織率の減少
厚生労働省が実施した「令和5年労働組合基礎調査」の結果によると、令和5年6月30日時点での労働組合および労働組合員の状況は以下の通りです。
- 単一労働組合の総数は22,789
- 日本全国の雇用者総数は約6,100万人であり、その中で労働組合に所属している人の数は約990万人
- 労働組合の組織率(雇用者数に占める労働組合員数の割合)は16.3%で、これは前年を下回り過去最低の水準
これらのデータから明らかなように、労働組合および労働組合員の数は減少傾向にあります。なお、ピークだった1949年の組織率は55.8%です。
争議行為の減少
争議行為が多ければいいものではないですが、労働運動の活発さを考える指標として参考になります。
厚生労働省が実施した「令和4年労働争議統計調査」の結果では、令和4年の労働争議件数は270件と、調査を始めた1957年以降で2番目に低く、減少傾向が続いていることがわかりました。
組合活動への関心の低下
労働組合の組織率の減少は深刻な問題ですが、それに加えて、組合員の活動への参加意欲の低下も大きな懸念事項となっています。組合活動が不透明であったり、組合からの情報提供が十分でないことが、この問題の一因として挙げられます。
労働組合が労働者や企業に対して有益な影響を与えるためには、組合員の積極的な参加が不可欠です。ただ名簿に名前があるだけの「フリーライダー」の増加は、組合の効果を薄れさせてしまいます。
萩原久美子(2016)によると、高度成長期から組合活動への無関心が問題視されており、最近では24時間体制の職場やシフトの複雑化、セキュリティの強化により、職場での活動が困難になっているケースが増えています。また、パートタイム従業員などの未組織労働者の増加が、正社員中心の組合の代表性を揺るがし、組合活動への信頼や支持を失わせていると指摘しています。
組合員の関心が低下すると、職場の問題や不満が見過ごされがちになり、労働組合が問題解決の役割を果たすことが難しくなります。このため、組合活動を再活性化させるためには、組合員のニーズに応え、現代の職場環境に適応した活動を展開することが求められます。
参考文献:萩原久美子(2016)「担い手とは誰か―企業別組合における「参加」と「育成」~事例から学ぶ改善策と課題①」、連合総合生活開発研究所編『労働組合の職場活動に関する研究委員会報告書』、pp. 61-77.
労働組合の存在意義の低下がもたらす影響
労働組合の存在意義が低下することによって生じる具体的な影響は、以下の通りです。
- 組合員からの意見や提案、相談、不満などが十分に聞き取れなくなり、職場の問題を解決する機会が失われる。
- 会社との交渉力が弱まり、労働条件の改善や職場環境の向上が難しくなる。
- 労使間の紛争が個々の問題として扱われるようになり、集団での解決が困難になる。
- 組合の運営を担う人材が不足し、組合の活動自体が衰退してしまう恐れがある。
これらの問題が深刻化すると、労働組合が本来果たすべき、より良い職場環境の実現という役割を果たすことが難しくなります。
組合員に労働組合の存在意義を感じてもらうためには
組合員に労働組合の重要性を実感してもらうためには、組合活動の見直しが必要です。具体的には、以下の点をチェックします。
- 組合の目指す方向性は明確か?それは組合員に伝わっているか?
- 組合の活動内容は「見える化」されているか?
- 組合活動における組合員の参加状況はどうか?
- 組合員にとって興味関心のある活動内容になっているか?
- 組合員からみて組合役員は魅力的な存在になっているか?
組合が情報を発信しても、組合員がそれを見ない、または組合の成果を知らないことがあります。時には、情報が誤解を招くこともあります。例えば、組合が取り組んでいる活動について「なぜ対応してくれないのか」という疑問が組合員から寄せられることがあります。
組合と組合員の間のギャップを埋めることで、組合員が組合の存在意義を感じない理由が明らかになるでしょう。
組合員に労働組合の存在意義を感じてもらうためにやれることは、他にもあります。
たとえば、組合活動の運営を役員中心ではなく、組合員が積極的に「参加型の運営」に切り替えましょう。イベント企画などでは、組合員からのアイデアを取り入れ、役割を分担して実施することが大切です。また、組合機関紙の作成においても、多くの組合員が記事を書くなどして参加できるようにしましょう。若手組合員が意見を発言できるモニター制度を導入することも有効です。
さらに、組合役員になることの魅力を組合員に伝えることも重要です。役員になれば、経営陣との懇談、他部門や他社とのネットワーク構築、各種勉強会への参加など、多くの機会が得られます。これらは、組合のためだけでなく、個人のキャリアアップにもつながる魅力的な機会であることを理解してもらいます。
これらの点を踏まえ、組合活動の見直しを行うことで、組合員に労働組合の存在意義をより深く理解してもらい、組合活動への参加と支持を促進することができます。
データから考える:組合員に労働組合の存在意義を感じてもらうためのポイント
「第5回次代のユニオンリーダー調査」と題された労働調査協議会による2021年度の調査研究事業の報告書です。調査は、労働組合における組合役員の現状と意識、および「ウィズコロナ」「アフターコロナ」の時代を見据えた組合活動のあり方や、次代のユニオンリーダーたちが目指す労働組合運動の方向性について探ることを目的としています。
組合員に労働組合の存在意義を感じてもらうための方法として、以下のポイントが考えられます:
- 情報の範囲拡大と視野の開放:労働調査協議会によると、組合役員・委員を引き受けた主な理由の一つとして、「つきあいや接する情報の範囲が広がり、視野が開ける」という点が64.0%と最も高い割合を占めています。これは、組合活動が組合員の知識拡大や視野の拡大に寄与することを示しており、組合員にとっての存在意義の一つと言えます。
- 能力開発の場としての組合活動:同じく、組合役員・委員を引き受けた理由として、「交渉力や折衝力、管理能力など職場では身につけにくい能力の取得に役立つ」という点が23.9%で挙げられています。労働組合が組合員のスキルアップやキャリア開発の支援を行うことは、組合の存在意義を高める重要な要素です。
- 職場の改善と社会貢献:賃金や労働条件の改善(16.5%)、仕事や処遇面の差別や人事の不公平の撤廃(13.1%)、出身職場や事業所の声を反映したい(17.8%)といった理由も、組合員が組合活動に参加する動機として挙げられています。これらは、組合が職場環境の改善や社会的な貢献を目指すことで、組合員にとっての価値を高めることができることを示唆しています。
以上の点から、「組合活動は組合員の視野を広げ、能力開発の機会を提供し、職場や社会の改善に貢献することで、その存在意義を組合員に感じてもらうことができるのではないか」という仮説を得ることができます。
参考事例:トヨタの「人への投資」
トヨタにおける労働組合の取り組みは、「人への投資」を核としています。このコンセプトは、単に労働条件の改善や賃金の向上に留まらず、従業員一人ひとりの成長とやりがいを深く考慮したものです。トヨタでは、労使が未来の働き方を共に模索するプラットフォームとして、長期的な視点での対話を重視しています。この対話の中で、労働組合は職場の深刻な課題を提起し、マネジメントの役割や育成方法の変革を具体的に求めています。
佐藤恒治社長からの「総合的な人への投資」の約束は、労働環境の整備、やりがいと成長を支援する仕組みの構築、そして賃金・賞与の改善を含んでいます。これらの施策は、労働組合の要求に基づいており、従業員の働きがいと生活の質の向上を目指しています。特に、モノづくり環境の改善、職種変更制度の導入、マネジメントの役割の見直し、研修プログラムの拡充などは、従業員が自身のキャリアを自ら形成し、多様な挑戦を通じて成長できる環境を提供することを目的としています。
労働組合の鬼頭委員長は、トヨタ労使が自動車産業において担う重要な役割と責任を強調し、賃上げだけでなく、内容のある議論と具体的な行動を通じて仲間に貢献することの重要性を訴えています。労使が共に課題に取り組み、具体的なアクションを迅速に実行に移すことが、労働組合の存在意義を高め、組合員の働きがいと成長を促進する鍵であるとされています。
このように、トヨタにおける「人への投資」は、従業員一人ひとりの能力と幸福を最大化することを目指しています。労働組合と企業が共通の目標に向かって協力し、持続可能な成長と従業員の満足度の向上を追求することで、より良い労働環境の構築と組合員のやりがいと成長を実現しています。(出典:トヨタイムズ)