労働組合が深夜労働問題に対応するための法的知識を解説。団体交渉のポイントも

過剰な深夜労働は、労働者の心身に悪影響を及ぼす可能性があります。深夜労働に関する問題が組合員から持ち込まれたら、労働組合としては法的知識を持った上で実態を調査し、必要に応じて団体交渉を申し入れなければなりません。そのために必要な深夜労働の基礎知識と、交渉のポイントを解説します。
深夜労働問題への対応は労働組合の義務
労働組合は、労働者の労働条件や労働環境を維持・改善し、守るための組織です。深夜労働や時間外労働が増える原因には、企業間の過剰競争でサービス・商品の価格を不当に下げてしまうことも挙げられます。
組合員から深夜労働が多すぎるという声が上がっているなら、組合として早めに行動を起こしましょう。負担軽減の交渉はもちろん、商品価格の引き下げについての抗議も労働組合が主体となるべき取り組みです。
労働組合が押さえておきたい深夜労働の基礎知識
深夜労働は労働基準法上で「深夜業」と記載されており、午後10時から翌午前5時までの間に働くことを指します。深夜労働には、どのようなルールが設けられているのでしょうか。ここでは労働基準法をベースに、深夜労働に関する決まりを分かりやすく整理していきます。
深夜労働に36協定は不要
深夜労働は時間外労働(1日8時間・週40時間の法定時間外の労働)と違って、労働基準法で原則禁止されているものではありません。時間外労働には36協定の締結・届け出が必要ですが、深夜労働には不要です。
労使協定は罰則を受けない(免罰効果を適用する)ためのものであり、そもそも罰則の対象とならない行為については必要ありません。
ただ、注意したいのが深夜労働かつ時間外労働となる(深夜残業がある)場合です。深夜労働だけでなく時間外労働もさせているので、36協定が必須です。
参考:労働基準法 第32条・第36条第1項|e-Gov 法令検索
割増賃金は必要
深夜労働に36協定は不要ですが、割増賃金は必ず支払われる必要があります。労働基準法第37条第4項に基づき、使用者は深夜労働をさせた時間に対して、25%以上の割増率で計算した賃金を支払わなければなりません。
時間外労働や休日労働(法定休日の労働)と深夜労働が重なったときは、いずれもそれぞれの割増率を加算して計算することになっています。割増賃金率と、ケース別の計算例を見てみましょう。
- 深夜業:25%以上
- 時間外労働:25%以上(労働基準法第37条第1項および「労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」)
- 月60時間を超える時間外労働:50%以上(同法第37条第1項)
- 休日労働:35%以上(労働基準法第37条第1項および「労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」)
時給換算2,000円、割増賃金率は法定の下限として各ケースの計算例を紹介します。
<法定労働時間8時間のうち、3時間が深夜労働だった場合>
- 深夜労働でない5時間分の賃金:2,000円×5時間=1万円
- 深夜労働3時間分の賃金:2,000円×3時間+2,000円×3時間×25%=7,500円
- 合計の賃金:1万7,500円
<法定労働時間8時間に3時間の時間外労働があり、そのうち2時間が深夜労働だった場合>
※月の時間外労働は60時間以内の前提
- 法定労働時間内の賃金:2,000円×8時間=1万6,000円
- 深夜労働と重ならない時間外労働の賃金:2,000円×1時間+2,000円×1時間×25%=2,500円
- 深夜労働と重なる時間外労働の賃金:2,000円×2時間+2,000円×2時間×(25%+25%)=5,000円
- 合計の賃金:2万3,500円
<休日労働8時間のうち4時間が深夜労働だった場合>
- 深夜労働と重ならない休日労働の賃金:2,000円×4時間+2,000円×4時間×35%=1万800円
- 深夜労働と重なる休日労働の賃金:2,000円×4時間+2,000円×4時間×(35%+25%)=1万2,800円
- 合計の賃金:2万3,600円
参考:労働基準法 第37条第1項,第4項|e-Gov法令検索
参考:労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令
深夜労働をさせられない人もいる
深夜労働は基本的に禁止されていませんが、例外的に制限される、または請求によって免除される人もいます。労働組合として、制限や免除される権利がある人が深夜労働をさせられていないかにも注意しましょう。
まず、18歳未満の労働者には一部の例外を除いて深夜労働をさせてはいけません(労働基準法第61条第1項)。妊産婦が深夜労働を避けたいと請求したときも、深夜業をさせてはならないとされています(同法第66条第3項)。
深夜残業(時間外労働)が多い職場では、育児・介護休業法の制限を受けることがあります。未就学児や3歳未満の子どもを持つ労働者や、介護をしている労働者から請求があった場合、時間外労働や深夜労働が制限されることに注意が必要です。
参考:労働基準法 第61条第1項・第66条第3項|e-Gov法令検索
参考:育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)第17条第1項・第19条・第20条・第23条・第16条の8|e-Gov法令検索
深夜労働がもたらす悪影響と使用者の義務
深夜労働に従事する人がいなければ、現在の社会は回りません。しかし、深夜労働には労働者の体に悪影響があるのも事実で、使用者には健康上の措置が義務付けられています。深夜労働が引き起こすとされる異常と、使用者の義務をチェックしておきましょう。
胃腸や血圧・心臓の異常が発生しやすい
厚生労働省が発表しているデータによれば、深夜労働に従事する前と後で体調の変化があった労働者は36.1%です。深夜労働に従事する期間が長いほど、その割合が上がっています。
同データでは、深夜労働に従事する人の17.3%が医師から何らかの疾患を診断されており、「胃腸病」に次いで「高血圧」が多いという結果になりました。2001年のデータではありますが、人間の体の仕組みは数十年という短期間で変わるものではありません。現在も傾向としては大きく変わらないでしょう。
「仙台錦町診療所・産業医学センタ-」の調査でも、夜勤に従事している人に血圧の異常や不整脈が見られたという結果が出ています。
夜勤労働者には健康診断を受けさせなければならない
使用者には、常に深夜労働に従事する従業員に対する健康診断の実施が義務付けられています。労働安全衛生規則(第45条第1項、第13条第1項第3号ヌ)では、対象者には6カ月以内に1回(または配置転換の際に)健康診断を受けさせなければならないと定められています。
労働組合が深夜労働問題について団体交渉を検討する際は、この措置がとられているかもチェックしておく必要があるでしょう。法的義務を果たしていない状態は、改善すべき根拠となります。
参考:労働安全衛生規則 第45条第1項・第13条第1項第3号|e-Gov法令検索
深夜労働の問題を交渉するときのポイント
組合員の声から深夜労働問題の団体交渉を考えるとき、労働組合として押さえたいポイントがあります。実際に交渉を検討している組合は、ぜひ参考にしてみてください。
組合員から丁寧にヒアリングする
「深夜労働が多すぎる」という組合員の声だけでは、団体交渉に進めません。具体的にどの程度の深夜労働があるのか、その深夜労働は時間外労働なのかなど、詳細を丁寧にヒアリングして現状を整理する必要があります。
整理した結果、法令違反があったり改善すべき状況だったりした場合は、交渉の準備を始めます。例えば夜勤がほとんどなのに健康診断が実施されていない、36協定を結んでいない状態で深夜残業をさせているなどの状態は、明らかな法令違反です。
法令や事例を交渉の根拠とする
深夜労働の団体交渉において、使用者側の出席者が労働関連法令に精通しているとは限らないでしょう。労働組合側も知識がなければ、ただの言い合いで終わってしまう可能性があります。
建設的かつ論理的に交渉を進めるには、労働組合が積極的に法的根拠を示す姿勢が重要です。明確な根拠がある交渉は、説得力を持ちます。
深夜労働のトラブルには知識を持って対応を
深夜労働は、多くなりすぎると労働者の健康に悪影響を及ぼします。労働基準法で深夜労働に対する割増賃金を義務付けていることからも、深夜労働は負担が大きいと分かるでしょう。
労働安全衛生規則でも、常時深夜労働に当たっている従業員に対して定期的な健康診断が義務付けられています。
労働組合として、使用者が法令にのっとって従業員を働かせているのか、法令を守っていたとしても過剰な負担をかけていないかチェックしておきましょう。組合員から丁寧にヒアリングし、法的根拠を持って交渉に臨めば、環境が改善される可能性が高くなるはずです。