労働組合のベア要求とは?知っておきたい春闘や団体交渉の基礎知識

ベア要求とは、企業に基本給の底上げを求めることです。企業全体の賃金水準を上げ、従業員の生活水準の向上を図ります。ベアと定期昇給の違いやベア要求の現状、ベアの種類と計算方法など、労働組合として押さえておきたい基本を見ていきましょう。

目次

労働組合のベア要求とは

労働組合は労使交渉でさまざまなことを企業に要求できますが、その一つがベア要求です。まずは、ベアの意味や定期昇給との違いを解説します。

賃金水準アップを求めること

企業が全従業員の基本給を一律で引き上げることを、ベア(ベースアップ)といいます。労働組合が企業にベアを求める活動がベア要求です。

物価上昇により実質賃金が低下すると、従業員の生活が苦しくなります。労働者の権利を守り、より良い労働条件を交渉する役割を担う労働組合にとって、ベア要求は労使交渉における重要テーマの一つです。

ベアを実施した企業や実施する予定の企業は2023年から急激に増えており、2004年以降で最も高い水準となっています。2024年にベアを実施した・実施する予定の企業の割合は、一般職で52.1%、管理職で47.0%です。

出典:3 定期昇給制度、ベースアップ等の実施状況

ベアと定期昇給の違い

定期昇給とは、従業員の年齢・勤続年数・成果などを基に、昇給を個別に行う仕組みのことです。昇給額や昇給率は従業員ごとに異なります。定期昇給の主な目的は、従業員のモチベーション維持やキャリアアップ促進です。

一方、ベアは企業全体の賃金水準を引き上げることです。定期昇給と異なり、全従業員が対象となります。従業員の生活水準の向上や物価上昇への対応、人材確保などが、ベアの主な目的です。

労働組合は春闘を通じて、企業に対しベアと定期昇給の両方を要求するのが一般的です。企業の業績や社会情勢を踏まえて、労使交渉でより良い労働条件を目指します。

労働組合のベア要求の現状

近年の春闘では高水準の妥結が相次いでいますが、中小企業への波及は限定的です。労働組合のベア要求の現状と課題を押さえておきましょう。

大企業では過去最大のベアを実現

連合が公表する2025年春闘の第6回回答集計によると、ベアと定期昇給を合わせた平均賃上げ率が2年連続で5%を超える高い水準を維持しています。集中回答日には大手企業の満額妥結が相次ぎ、多くの産業で高い水準の賃上げが実現しました。

連合は2025年春闘において、賃上げ要求を6%超としています。32年ぶりの高い水準であり、前年からの賃金上昇の勢いが続いていることを示唆しているといえるでしょう。

多くの企業が賃上げ要求に高水準で応じている背景には、物価高騰が続く中で実質賃金の低下を食い止める目的以外に、深刻化する人手不足も挙げられます。

出典:粘り強い交渉で昨年を上回る高水準の賃上げ続く! ~2025 春季生活闘争 第6回回答集計結果について~

中小企業と大企業の格差が課題

大企業で積極的なベアが実施されているのに対し、中小企業への波及は限定的なのが実情です。連合の第6回回答集計を見ても、全体の平均賃上げ率を引き上げているのは大企業であり、中小企業の平均賃上げ率は5%に達していません。

厚生労働省の「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」を見ると、ベアの実施状況が分かります。2024年に一般職でベアを実施した企業の割合は52.1%ですが、企業規模1,000人以上の企業の実施率が7割を超えている状況です。

このような格差が生じる理由としては、中小企業における価格転嫁が不十分であることや、中小企業の労働組合の組織率が低く交渉力が弱いことなどが挙げられます。

出典:粘り強い交渉で昨年を上回る高水準の賃上げ続く! ~2025 春季生活闘争 第6回回答集計結果について~
出典:第4表 企業規模・産業、管理職・一般職、定期昇給とベア等の実施状況別企業割合

ベアの種類と計算方法

ベアの種類は、同率割合での昇給と一定金額の上乗せに大きく分けられます。それぞれの特徴と計算方法を見ていきましょう。

同率割合での昇給

基本給を同率の割合で増やすタイプの計算式は、「現在の基本給+(現在の基本給×一定割合)」です。一律2%のベアを実施した場合、基本給20万円の人と40万円の人については、次のように計算できます。

  • 基本給20万円:20万円+(20万円×2%)=20万4,000円
  • 基本給40万円:40万円+(40万円×2%)=40万8,000円

現在の基本給が高い人はアップ額も大きいため、基本給が高い人からの不満は出にくくなりますが、賃金格差は大きくなります。

一定金額の上乗せ

基本給に一定金額を上乗せするタイプは、「現在の基本給+一定金額」で計算できます。一律4,000円のベアを実施した場合の計算式を前項と比べてみましょう。

  • 基本給20万円:20万円+4,000円=20万4,000円
  • 基本給40万円:40万円+4,000円=40万4,000円

基本給20万円の人の昇給額は一律2%のベアを実施した場合と同じですが、基本給40万円の人は一律2%のベアより昇給額が少なくなります。このように、格差は生じにくいものの賃金が高い人からの不満が出やすいことが、一定金額を上乗せするベアの特徴です。

ベア要求と併せて押さえたい知識

賃金カーブや平均賃上げ方式・個別賃金方式は、ベア要求との関連性が高い言葉です。それぞれの意味を解説します。

賃金カーブ

賃金カーブとは、年齢や勤続年数に応じて賃金も上がっていく曲線を示したものです。定期昇給制度が整っている企業では、従業員が賃金カーブを維持しやすくなります。

年齢が上がる際に賃金水準を維持しつつ、1年間の経験を評価して賃金が上昇するのが賃金カーブ維持です。この上昇分が確保されなければ賃金カーブが維持されず、従業員の生活水準に影響が出る恐れがあります。

春闘における賃金カーブ維持は、労働者の生活水準を維持するために重要な要素であり、賃上げ交渉の際にはこの点をしっかりと考慮しなければなりません。

平均賃上げ方式と個別賃金方式

従業員1人当たりの平均賃上げ額を要求する方法が平均賃上げ方式です。妥結後の賃上げ配分により、従業員それぞれの賃金が決定します。定期昇給制度がない組合でも要求をつくりやすい一方で、一人一人の賃金がいくらになるかは分かりません。

個別賃金方式は、年齢・職種・熟練度などに応じた賃上げを要求する方法です。身近なものには初任給があり、日本の賃上げ交渉では長い間平均賃上げ方式が主流でした。

ベアの実現を図る「春闘」について

実際のベア要求は春闘で実施されるのが一般的です。労働組合として押さえておきたい春闘の基礎知識を解説します。

春闘とは

春闘とは、労働組合が賃金アップや労働条件の改善を求めて毎年春に実施する、全国的な共同闘争のことです。正式名称を「春季生活闘争」といいます。

実際の交渉は企業ごとに実施されますが、それぞれの労働組合をまとめるのは連合などの全国組織です。同じ産業の企業同士が連携し合い、目標や実施時期を合わせることで、組合の交渉力を高めています。

春闘における主な要求内容

春闘ではベアや定期昇給などの賃上げが注目を集めがちですが、多くの労働組合が賃上げ以外にもさまざまな要求を行っています。賃上げ以外の主な交渉テーマは次の通りです。

  • ボーナスの改善
  • 労働時間の短縮
  • 非正規雇用の待遇改善
  • 年次有給休暇の取得促進
  • 育児・介護制度の充実
  • 働きやすい職場環境の整備

労働組合としては、労働者の生活水準の向上やより良い労働環境の実現につながるテーマを掲げ、賃上げと同様に力を入れて交渉する必要があります。

春闘の流れ

労働組合の全国組織が春闘の要求内容を検討し始めるのは毎年8月ごろです。発表された基本方針を基に、産業別組合が細かい方針を検討します。各産業で方針がまとまるのは1月ごろです。

例年2月ごろに企業別組合の交渉が始まり、一般的には数回にわたり話し合いを重ねていきます。3月中旬には集中回答日を迎え、大企業の妥結結果が続々と明らかになります。

中小企業で交渉が本格化するのは集中回答日以降です。企業によっては結論が出るのに数カ月かかるケースもあります。

ベア要求は労働組合の重要テーマ

ベア要求とは、労働者側が企業側に基本給の底上げを求める活動です。個別に昇給が行われる定期昇給と違い、ベアが実現すれば全従業員の賃金が引き上げられます。

ベアは労働者にとって最も重要なテーマといえますが、人件費の増加につながるため企業にとっても大きな決断です。交渉の際は企業の経営状況も考慮し、双方が納得のいく妥協点を見つける必要があるでしょう。

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この記事を書いた人

労働組合にて専従(中央執行書記長)を経て、現職。

<セミナー登壇歴>
◼︎日本経済新聞社
『労組をアップデートせよ 会社と並走し、 組合員に支持される労働組合の作り方』
『労働組合の未来戦略 労組の価値向上につながる 教育施策の打ち方』

<メディア掲載>
◼︎日本経済新聞社
『​​​​団体契約を活用して労組主導で社員の成長を支援 デジタルを駆使して新しい組合像を発信する』

◼︎NIKKEI Financial
『「知らない社員」減らす 労組のSNS術』

◼︎朝日新聞社
『歴史的賃上げ裏腹 悩む労組 アプリ活用』

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