労働組合として押さえておきたい割増賃金のルールとは。相談に対応するポイントまで

割増賃金を巡るトラブルは、重大な労使交渉のテーマです。いま一度組合内で知識を整理し、次の世代につなぐ準備をしたいと思っている役員は多いのではないでしょうか。割増賃金について、基本的なルールから近年変わった点、労働組合として割増賃金の問題に対応するポイントまで解説します。
労働組合が知っておきたい割増賃金のルール
割増賃金についてのルールは、労働基準法がベースとなっています。同法の該当条項や政令をチェックしながら、割増賃金の基礎知識を整理していきましょう。
割増賃金の対象となる労働時間
労働基準法第37条の第1項と第4項により、割増賃金の対象となる労働時間は以下の3種類と定められています。
- 法定時間外の労働(時間外労働)
- 法定休日の労働(休日労働)
- 深夜労働(22時から翌5時までの労働)
深夜労働は労働基準法で原則禁止されていないため、36協定は必要ありません。ただし、割増賃金は必ず支払われる必要があります。時間外労働と休日労働については、原則として禁止なので36協定の締結も必要です。
参考:労働基準法 第37条第1項,第4項|e-Gov法令検索
法令で定められた割増率
労働基準法第37条と「労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」により、対象となる労働時間ごとの法定割増率が定められています。
- 法定時間外の労働(時間外労働):25%以上
- 法定休日の労働(休日労働):35%以上
- 深夜労働(22時から翌5時までの労働):25%以上
時間外労働が月60時間を超える場合、超過した時間については50%以上の割増率で計算しなければならない決まりです。
労働基準法は強行法規であり、労使の合意があったとしても法定の割増率未満に引き下げることはできません。もし組合員の職場で「労働者の同意があるから」と割増率が法定未満に引き下げられていた場合、労働基準法が当事者の意思を問わず適用される「強行法規」であることを根拠に交渉しましょう。第37条違反には、6カ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金という罰則が設けられています。
参考:労働基準法 第37条第1項,第4項・第119条第1号|e-Gov法令検索
参考:労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令
参考:職場の労務管理に関するQ&A [時間外労働、休日労働、深夜業、割増賃金編] | 岩手労働局
割増賃金の計算方法
割増賃金の計算方法は、「対象となる労働時間×通常の労働時間の賃金×割増率」です。それぞれの計算例を見てみましょう。通常の労働時間の賃金は1,500円、割増率は法定の下限と仮定します。
<時間外労働3時間分の場合>
- 割増賃金:3時間×1,500円×25%=1,125円
- 割増分以外の賃金:3時間×1,500円=4,500円
- 時間外労働に対する賃金(法定外残業代)の合計:4,500円+1,125円=5,625円
<深夜労働3時間分の割増賃金>
- 割増賃金:3時間×1,500円×25%=1,125円
- 割増分以外の賃金:3時間×1,500円=4,500円
- 深夜労働に対する賃金の合計:4,500円+1,125円=5,625円
<8時間の休日労働の場合>
- 割増賃金:8時間×1,500円×35%=4,200円
- 割増分以外の賃金:8時間×1,500円= 1万2,000円
- 休日労働に対する賃金の合計:1万2,000円+4,200円=1万6,200円
通常の労働時間の賃金(1時間当たりの賃金)は、月給制の場合、月の賃金を月の所定労働時間数で割って算出します。月ごとに所定労働時間数が変わるなら、1年における1カ月の平均所定労働時間数で割ると考えましょう。例えば月の賃金が24万円・月の所定労働時間数が160時間の場合、通常の労働時間の賃金は1,500円です。
参考:職場の労務管理に関するQ&A [時間外労働、休日労働、深夜業、割増賃金編] | 岩手労働局
割増賃金の重複についての注意点
時間外労働や休日労働と深夜労働が重なった場合、重なった時間にはそれぞれの割増率を加算して計算することに注意が必要です。それぞれのケースについて、例を見ていきましょう。ここでも通常の労働時間の賃金は1,500円、割増率は法定の下限と仮定します。
<時間外労働3時間のうち2時間が深夜労働だった場合>
- 深夜労働ではない時間外労働の割増賃金:1時間×1,500円×25%=375円
- 深夜労働に当たる時間外労働の割増賃金:2時間×1,500円×(25%+25%)=1,500円
- 割増分以外の賃金:3時間×1,500円=4,500円
- 深夜労働を含む時間外労働に対する賃金の合計:4,500円+375円+1,500円=6,375円
<休日労働8時間のうち2時間が深夜労働だった場合>
- 深夜労働ではない休日労働の割増賃金:6時間×1,500円×35%=3,150円
- 深夜労働に当たる時間外労働の割増賃金:2時間×1,500円×(35%+25%)=1,800円
- 割増分以外の賃金:8時間×1,500円=1万2,000円
- 深夜労働を含む休日労働に対する賃金の合計:1万2,000円+3,150円+1,800円=1万6,950円
法定休日は元々労働日と見なされず「法定労働時間」という概念がないので、時間外労働と休日労働の割増賃金は重複して発生しません。
参考:法定労働時間と割増賃金について教えてください。|厚生労働省
割増賃金の算定基礎となる賃金
割増賃金の算定基礎となる「通常の労働時間の賃金」は、「月の賃金」を所定労働時間数で割る必要があります。では「月の賃金」には何が含まれるのでしょうか。月の賃金として扱わないのは、以下の賃金です。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金
上記以外の賃金は原則全て、月の賃金として割増賃金の算定基礎となります。また、家族手当であっても、家族の人数を問わず一律で支払われるような場合は算定基礎に算入しなければなりません。名称ではなく、支給実態を考慮して判断すると考えましょう。
参考:職場の労務管理に関するQ&A [時間外労働、休日労働、深夜業、割増賃金編] | 岩手労働局
月60時間超の時間外労働に対する代替措置
月60時間を超える時間外労働に対しては、労働基準法第37条第1項によって50%以上の割増賃金が必要と定められています。ただ現在は、同条第3項の定めにより、過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)との労使協定を結べば、有休の休暇(代替休暇)を与えることで割増賃金に代えてよいことになりました。
代替休暇の計算方法は、「月60時間を超えた法定時間外労働の時間数×(月60時間を超えた時間外労働に対する割増率-時間外労働に対する割増率)」です。割増率は法定の下限と仮定しましょう。
<月80時間の時間外労働があった場合>
- (80時間-60時間)×(50%-25%)=5時間
代替休暇は、1日または半日単位で取得できるとされています。半日といっても所定労働時間の1/2ぴったりである必要はなく、労使協定で決めておけば問題ありません。もし協定書に定義された半日よりも代替休暇の時間が短い場合は、ほかの休暇と合わせて半日にする、半日に足りない部分を使用者が別に付与するなどで対応します。
注意したいのが、代替休暇の取得は労働者の自由という点です。確実に割増賃金の代替となるよう、使用者は取得を推奨すべきでしょう。
参考:労働基準法 第37条第1項,第3項|e-Gov法令検索
労働組合が割増賃金の問題に対応するポイント
労働組合が割増賃金に関するトラブルの相談を受けたら、まず労働協約・就業規則など実際の運用が法令に準拠しているかチェックしましょう。万が一準拠していなければ、労働協約や就業規則の見直しが必要です。
組合員へのヒアリングや勤怠記録・給与明細から支払い実態を把握し、記録することも、交渉に根拠を持たせるために欠かせません。実態を把握できたら、組合としての対応方針を協議します。組合内での解決が難しければ、必要に応じて社労士や弁護士の助言を得るのも選択肢です。
割増賃金について正しく理解して信頼される組合に
割増賃金についてのルールは、対象となる労働時間によって割増率が違ったり重複するケースがあったりして、複雑に感じるかもしれません。ただ、今後も労働組合として向き合っていくべきテーマであることは、ほぼ間違いないでしょう。
組合として法令を正しく理解していれば、次世代を含む組合員に対しても、割増賃金について正しく理解できる共有資料を作れるはずです。重要な労働問題についてしっかりと根拠を持った対応ができれば、将来的にも頼れる組合であり続けられます。