【特別号】第3弾:人と人の「つながり」が組合を強くする 〜ソーシャル・キャピタルから見える未来像〜

中村様の自己紹介

『働くの未来』『これからの労使関係』『労働市場の高度化』をテーマに調査・研究・提言を行う。
1999年リクルート入社、2009年リクルートワークス研究所に異動。「2025年」「Work Model 2030」「マルチリレーション社会」など、働き方の長期展望を発表。「人材採用システムの研究」で2016年一橋大学にて博士号取得。日雇い派遣の研究で2012年日本労務学会研究奨励賞、トータルリワードの提案で2020年全能連マネジメント・アワードのプログラム・イノベーター・オブ・ザ・イヤーを受賞。2021年10月、連合総研に転職。専門は人的資源管理論。修士(数理科学)、博士(商学)。

目次

幸福感を高める「ソーシャル・キャピタル」

ここまで「労働組合の未来」研究会の話を中心にしてきました。ここからは、わたし自身の研究に軸足を移して話したいと思います。

「ソーシャル・キャピタル」という言葉を聞いたことはありますか。ソーシャル・キャピタルは信頼や互酬性をともなう人々のつながりのことで、日本語では「社会関係資本」 ともいいます。ソーシャル・キャピタルは幸福感や健康への影響が大きいことがわかっていて、OECDはソーシャル・キャピタルを人的資本や経済資本とならぶ、ウェルビーイングを高める重要な要素だと位置づけています。ソーシャル・キャピタルは、アメリカの政治学者ロバート・パットナム ハーバード大学教授が著書『孤独なボウリング 米国コミュニティの崩壊と再生』で取り上げて、大きな注目を集めるようになりました。今では、政治学、社会学、地域研究、公衆衛生、経営学など、さまざまな分野で数多くの研究が行われています。

なぜこんな話をするかというと、労働組合はソーシャル・キャピタルの一種だからです。パットナム教授は『孤独なボウリング 米国コミュニティの崩壊と再生』のなかで、人々の帰属集団を取り上げてソーシャル・キャピタルの変化や重要性をひもといていくのですが、クラブや宗教団体、職業団体などと並んで議論されたのが労働組合です。2023年にアメリカの財務省が『労働組合と中間層』という政策レポートを発表しました。このレポートは120本以上の論文を引用して労働組合の意義や機能についてまとめ、労働組合を強化していくために何が必要か論じたものです。賃金や生産性に対する組合効果だけでなく、ソーシャル・キャピタルとしての労働組合の可能性についても言及しています。

実際、日本でも労働組合の方々と話していると、ソーシャル・キャピタルという言葉がでてくることがあります。でも、意外なことに、日本では労働組合についてソーシャル・キャピタルの観点からの研究がまったく行われてこなかったんです。労働組合についてもソーシャル・キャピタルについても、たくさん研究があるのに、その両方をブリッジする接続する研究が行われてきませんでした。

職場の世話役としての労働組合

以前、全国紙で労働組合がどんな風に取り上げられているか調べたところ、春闘や賃上げ、選挙、政局に関する記事がほとんどなんですね。つまり、労働組合は経済的アクターであり、政治的アクターだと思われている。でも、相互扶助の連帯である労働組合は、本来、極めて社会的な存在です。「労働組合の未来」研究会の報告書に対しても、「なぜ賃上げについて論じなかったのか」とい聞かれることがあります。目下、賃上げが社会の最重要課題になっているので当然なのですが、研究会では未来では現在の課題なので取り上げないことにしたという経緯があります。このエピソードが象徴するように、労働組合は労働条件を維持・向上する存在だと思われています。

ところが、労働組合に対する期待は、2003年から2022年にかけて、賃金や雇用保障を含む多くの項目で下がり、唯一、期待が上がったのはセクハラやパワハラの防止でした。UAゼンセンなどが10年越しで取り組んできたカスハラ(カスタマーハラスメント)が社会的関心を集め、自治体による条例化や国での法制化がいよいよ進みつつあります。

個別労働関係紛争の相談内容でも10年以上「いじめ・嫌がらせ」が1位となっており、仕事をするうえで人間関係は非常に重要です。しかし、ハラスメントやいじめといった人間関係の問題は、狭義の経済的な労働条件には含まれません。賃金よりも良好な人間関係を重視する労働者は少なくないのに、労働組合を経済的、政治的アクターとしてみていると、こうした職場での世話役的な活動をうまく評価できないんです。

ところがここにソーシャル・キャピタルを持ち込むと景色が一変します。労働組合がソーシャル・キャピタルとして信頼や互酬性をともなう人間関係を重視しているのであれば、組合員がいじめやハラスメントにさらされていたら放置しないですよね。何らか対処が必要な問題だと考えますよね。

人間関係の円滑化は労組だからできること

組合役員の皆さんからはハラスメントやいじめの相談は多く、労働組合としても対応しているが、プライバシーの保護もあり表立った報告ができないと聞きます。ところが調査データをみると、ハラスメントについて労働組合に相談している労働者は4%もいません(厚生労働省「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」)。なので、ふみこんで話を伺うと、ハラスメントに対する労働組合の対応はそれほど単純ではないんです。

まず、労働組合は全体最適をめざすので、人間関係のような組合員の個別の不満や問題には深入りしないことがあります。また、組合として人事や経営に事態改善を求めはするものの、効果的な対応が取れていないこともある。厚労省のハラスメント対策パンフレットには、相談・苦情の対応として労使によるハラスメント対策委員会での協議がうたわれているのですが、ここに労働組合が入っておらず、使用者側だけで処分を決めている会社があって、そうすると労働者の意向を十分に反映した結論になりにくくなってしまいます。さらに最近では、「ハラハラ」といわれるような、本来ハラスメントには当たらない業務指導を労働者がハラスメントだと訴えるケースもでてきているので、労働組合が対応しなければならない範囲が広がっています。

しかし、労働者側が労使コミュニケーションで重視する項目の1位は、賃金や人事ではなく、職場の人間関係です(厚生労働省「令和元年労使コミュニケーション調査」)。ハラスメントやいじめは強いストレスとなり、うつ病や休職の原因となり、最悪の場合は被害者が亡くなってしまうことさえありえます。本人にとっても家族にとってもこれ以上辛いことはありません。経営側にとっても人材不足に四苦八苦しているなかで、従業員の戦線離脱は損失でしかない。けれど、部下と上司の「1on1」がどれだけ広がっても、パワハラや上司によるトラブルはそこでは解決できません。

徐々にジョブ型に移行しているとはいえ、日本企業の労使関係のベースはメンバーシップ型です。この区分を提唱した濱口桂一郎労働政策研究・研修機構所長は、「メンバーシップ」を労働者と企業の契約概念という意味で使っています。こうしたメンバーシップの質を向上することは、企業別労働組合の重要な役割です。労働者が日々、前向きな気持ちで働ける職場の人間関係づくりは、労働組合がだからこそでき、労働組合だからこそすべき取り組みといえます。社会的アクターとして労働組合をとらえることで、労働組合が職場の人間関係の問題に重点的に取り組むべき理由を明確にできます。

「結束型」と「橋渡し型」の労働組合

ソーシャル・キャピタルには「結束型」と「橋渡し型」という種類があります。結束型は同じような人たちのつながりを強化するのに対し、橋渡し型は異なる属性やバックグラウンドをもつ人が結びつけるものです。結束型は共通の規範意識を維持し、運動を強化するのに優れている一方で、内集団への忠誠心から部外者に対して排他的になるダークサイドがあると指摘されてきました。

伝統的な日本的雇用慣行のもとでの正社員中心の労働組合は、結束型のソーシャル・キャピタルの典型です。いわゆる「労労対立」などから、正社員以外の労働者を受け入れないのは、結束型の負の側面が出ているといえ、結束型ソーシャル・キャピタルとしてのあり方が問われるようになっています。

一方で、橋渡し型ソーシャル・キャピタルとしての労働組合には大きなポテンシャルがあると感じています。橋渡し型ソーシャル・キャピタルのなかに「連結型」という形態があります。これは社会階層を縦断するつながりのことで、正社員、パートタイム、有期雇用…といった雇用形態によらない組織化は、連結型の取り組みといえます。

労組を介した出会いとつながり

労働組合のなかには交流イベントなどのレクリエーションに力を入れている所が結構あります。ある労働組合は「交流こそ労働組合の存在意義」という方針を掲げていて、組合内部だけでなく、他の労働組合とも積極的に交流する場を設けています。また、別の労働組合は「自分たちだけでできることは限られている。思いを同じにする組合とともに活動したい」として、複数の組合で社会貢献活動を行う取り組みを初めて、参加者も参加組合数も右肩上がりで増えていると聞きます。

組合員にとってこうした活動は、労働組合という箱を通じて他の組合の組合員と出会い、つながるきっかけになります。労働組合が行う婚活支援でも同じ構図があって、職場だと性別が偏っているなどの理由でパートナーがみつからない人が、労働組合を介して新たなつながりをみつけています。これらは、労働組合が組合内部の結束を高めるのではなく、組合員の外部へのつながりづくりを促すもので、労働組合が橋渡し型ソーシャル・キャピタルとして機能しています。

もうひとつ橋渡し型ソーシャル・キャピタルとして労働組合が重要な役割を果たしているのが、災害時のボランティア活動です。あまり知られていないのですが、例えば東日本大震災では連合の救援ボランティアは半年間でのべ約3.5万人が活動していて、民間組織としては最大規模の活動を展開しています。

なぜ、こうした大規模な活動ができているかというと、阪神淡路大震災や東日本大震災、能登半島大地震などでは、単組における労働組合と組合員のつながり、単組と産別労組のつながり、連合の地域組織である地方連合会と地域のつながり、地方連合会と産別労組とナショナルセンターである連合のつながりという4種のネットワークを重層的に機能させて、組織的に人の派遣を行っているからです。

大規模災害のボランティア活動では、被災地に負担をかけないよう、移動や食料、宿泊のすべてを自己完結することが求められます。災害の場所や規模によっては、これは簡単なことではありません。しかし、労働組合を介すことで、個人はボランティア活動に参加しやすくなります。労働組合の介在がなければ、思いはあっても、活動に至らない人もいるでしょう。こうして参加したボランティア活動を通じて、組合員は他の労働組合の組合員と出会い、「顔合わせ・心合わせ・力合わせ」が生まれる。これは、まさに橋渡し型ソーシャル・キャピタルとして労働組合が機能していることに他なりません。

「つながり」は労働組合の最大の力

まとめると、ソーシャル・キャピタルというレンズを通して労働組合の活動をみると、労働組合が力を割いていて、しかも期待・評価されている活動の重要性が明確になります。橋渡し型ソーシャル・キャピタルとしての面に着目すると、労働組合の新たな可能性に光をあてることもできます。

レクリエーション活動を一所懸命やっているものの、活動が形骸化して、参加メンバーが固定化して、どうしたものかと悩んでいる労働組合は少なくありません。でも、紹介した事例が示しているのは、他の労働組合との合同開催にしたり、労働組合同士のネットワークを活かして組合員への新たなサービスを提供したりすることで、組合員との関わりや組合活動の活性化ができるということです。労働組合の強みは「つながり」です。これは、組合員同士のつながりだけではなくて、労働組合同士のつながりも含まれます。ソーシャル・キャピタルの研究を通じて、組合同士のつながりを活かすことで、組合内部のつながりを強めることができるのだと実感しています。

こうした考え方は、TSUNAG for UNIONの意義にもつながります。TSUNAG for UNIONというプラットフォームの導入によって、執行部と組合員、組合員と組合員のネットワークが形成され、それまでとは違う情報の流れが生まれています。スタメン社を通じて、労働組合同士のネットワークがつくられ、役員同士のコミュニケーションが増えているともうかがっています。労働組合を社会的アクターとしてとらえることで、従来とは違う、けれども労働組合の本質的な「つながり」にもとづく存在意義がはっきりすると考えています。

〜中村様、3回に渡るインタビューありがとうございました!〜

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この記事を書いた人

「for UNION」編集長。
2020年にスタメンに新卒入社。
その後、2022年1月に労働組合向けアプリ「TUNAG for UNION」を立ち上げ、現在はマネージャーとして、事業拡大に従事。

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